30代米国株投資家。働いたくない!けどより豊かに。高配当ニートになるぞ!

元ニート、米国株ETFでガチニートを目指すブログ

自己紹介

中山ゆうってどんな人?詳細プロフィールです

2018年5月19日

1980年代生まれの30台前半、男です。

大学を卒業してから就職で東京に出てきてから10年になります。

元社会の底辺をさまよっていた、そんな自分のプロフィール読んでいただければと思います。

2年間のニート生活

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高校を卒業してから、2年間、完全ニートをしていました。

いじめられたとか、人間関係のトラブルは一切なく甘えです。

今こんなことやっている奴が身内にいたらぶん殴ってやるところですが、仕事はもちろん、勉強もせずにブラブラ散歩したり、あとは家にいさせてもらいっていました。

親、兄弟に甘やかされて、2年も実家を追い出されることもなく、ぬくぬく暮らしていました。

転機となった大学進学

ニートも2年を迎えようとしたところ、母親から「大学受験したら?」と言われる。

受験まで1ヶ月そこそこ、名前だけ書いて受かる大学に行こうかとも思いましたがそうすると就職先ないし・・・とニートのくせして、何を言っているんだお前はですが、当時は本気でそんなことを考えていました。

偏差値50くらいの文系私大、現代文と英語の2科目のみで受験できるところを調べました。1ヶ月しか時間がないので世界史をやる?手をつけなかった新品の山川出版社の世界史Bの教科書が実家にあると思います。

しかも、ネット速報で受験者数が見ることができる大学がありまして、経済学部の中で一番受験者数が少ない学科をギリギリまで見極めてから願書を提出しました。

現代文は未対策で英単語だけ死ぬほど暗記して2科目に絞って受験した大学でしたが、無事合格しました。

併願で偏差値43くらいの3科目受験した大学も落ちたので、この時から一点突破、突き抜けることで結果が出ることを身を見って理解しました。

こうして、ニート、ひきこもりから脱出することになりました。

工業高校での挫折

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さて、なぜひきこもったり、ニートになったのか話は大学受験前の高校までさかのぼります。

 

職人に憧れていました。

当時は指先一つで何かを作り上げるそんな姿って自分にとってはかっこよく映ったんですよね。

自分も何かを作り上げて、その製品で周りの人に喜んでもらえたらそんな幸せなことはないと、そんな思いで工業高校に入りました。

 

というのも、中学の成績は悪くなくて、100人入れば上位30番くらいには入るそこそこの進学校に行ける成績はあったのです。

それを蹴ってまで、ものづくりの世界に入りたい、勉強したいと思ったのです。

 

工業高校のカリキュラムは、すぐに職場で使える技術を教えてくれます。

機械だったら1年生から汎用旋盤やフライス盤で金属加工しますし、座学の成績よりも実習の内容やレポートが成績を大きく左右される世界でした。

自分はどんどん実習についていけなくなり、元来の手先の不器用さも相まって、成績は下降していき欠点が4つもつく始末でした。

ここにもういたくないとまで思って学校をサボりはじめたのが、2年間のひきこもり生活にいたるキッカケになるなんて当時は気付きませんでした。

無味無風の大学生活

2年間のニート生活で、人付き合いもほとんどなく、うまくやっているのか不安からビクつきながら大学に入学しました。

当時は、減益に比べて2年遅れということに負い目に感じてまいましたし、大学生活ぼっちにならずに生きていけるかとなると心配で心配でしょうがなかったことを覚えています。

入学説明会で席が後の人に思い切って話しかけてみると向こうは地方から出てきたばかりで不安だったという、当時はLINEもありませんでしたので、その日はメールアドレスを交換、初日で友人ができました。

この友人とは4年間、授業はもちろん、ゼミも同じでプライベートでは野球を見に連れて行ってくれたりと腐った精神から僕を現実に引き上げてくれました。

彼がいなかったら、大学を途中でやめていても不思議ではありませんし、運が良くても留年はしてたと思います。

いまだに付き合いがあり、3年に一度、関西に集まって合う生涯の友達ができたのでした。

就職活動で本領発揮

僕が就職活動をしていた2009年は3年生の10月から合同説明会がはじまり、年明けから個別企業の説明会やグループディスカッション、そして本番の面接が始まって、早い会社だと2月や3月くらいに内々定を出すところもありました。

 

周りが真剣に就活をやる中、僕はやる気が出なくて後からやろうと思い、卒論を書いたり、当時ハマっていたネットゲーをしていたらもう夏休みに入っていました。

世はリーマンショック後で内定率は最悪、早くから就職活動をしていた友人は内々定を持っていて自分もニートに逆戻りするのか、なんて思いながら9月、夏の日差しも少しマシになってきた頃から就職活動をはじめました。


就職活動にハマりました。

イヤイヤはじめた就活でしたが、もともとニートで社会性ゼロでゴミみたいに扱われていたのに、こと就活になるとこっちの大したことない話を大人が真剣に聞いてくれて、しかも可能性のある若者のように扱ってくれるのです。

元々、目立つことは嫌いでなかったし、雑談することは好きでしたし、なんなら話を笑いにもっていきたい願望が性根にあったのですが、工業高校の挫折と2年間の植物のような生活で消極的になり、そんな元来の性格がなりを潜め続けていたのだと思います。

就職率がよろしくない時期によくある圧迫面接もありましたが、メンタルを保ち、切り返して次の選考に進めたことが自分にとっては自信につながりました。

結果、1ヶ月で4社内定をもらったことが自分にとって大学進学に続く、2回目のブレイクスルーだったと思います。

グローバルで活躍したいと思って門を叩いた専門商社

内定をもらった中で一番面白い会社はどこだ?と思って決めたのが専門商社でした。

 

元々、ものづくりに関わりたいと思っていたのでいろんなメーカーの商材を扱ってメーカーさんや加工屋さんと付き合えると思ったのです。

懇親会で同期の半分が海外留学していて、というのも僕の就職活動が遅く秋採用がメインの会社で、留学生が集まっていたのです。

いまだに、履歴書は手書きなのに当時ですら、同期はExcelで作った履歴書を提出して内定をもらっていましたし、そんなことから自由な雰囲気で仕事ができるんじゃないかと期待してその会社に入社することに決めました。

入社してみたら体育会系だった

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これがまさしく、想定の範囲外というやつです。

入社してわかったのが、ゴリゴリの体育会系商社ということでした。

 

新入社員は一発芸をさせられる、ガンガン酒を飲まされるそんなカルチャーに面食らいました。

加えて、僕が配属された部署は一番最悪のところで、上司が仕事はろくにしないのに飲み会を企画して部下を詰めるのは日常茶飯事でぶん殴られたり、蹴りを入れられることも少なくありませんでした。

ただ、その中でそのパワハラ上司が一番かわいがった部下は後にも先にも僕であると自信を持って言えます。

そのくらいうまく立ち回りましたが、諸般の事情で2年ほどで退社しました。あ、パワハラ上司が直接の原因ではありません。

別支店の大口取引先が倒産し、その余波で全社的にボーナスカットが行われて、この会社に未来がないと感じ退職しました。

 

僕が退職した後、僕の元上司のパワハラで1期下の後輩はうつ病になり、その後も配属された新人が1年も持たずにやめていくハリーポッターの闇の魔術の防衛術の先生くらい毎年やめていく部署となっていったのを後程聞きました。

意外と元上司の上司である部長やさらにその上の担当役員もパワハラは見えていなかったのか、見て見ぬふりをしていたのかわかりませんが何年も表に出ることはありませんでした。

5年、新人が辞め続けたことで6年目の新人が経営陣に実態を告発したことで、調査が入り、パワハラをしていた元上司は役職はそのままですが、部下がいないメイン商材とかけ離れた部署に左遷となったそうです。

ものつくりに関わりたい思いで化学品専門商社に入社

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上記のパワハラ元上司をうまく付き合っていたので居心地は悪くありませんでしたが、経営状況の悪化で転職するに至りました。

 

次に転職先を決めるにあたって、自分の核はなんだろうと考えるとものづくりに戻ってくるのです。

残念ながら、僕はものつくりに向いていないので職人にはなるよりも、素材メーカーさんや加工屋さんともっと密に関わることができる会社という条件に今の会社に入りました。

新卒で入った会社は素材売りがほとんどでしたが、今の会社は素材プラスアルファで加工まですることも多くあり、ものづくりに関わっているのを感じられます。

もちろん、お金は大事です。

ただ、お金以外にもやりたいことができる、自分が関わることでちょっとでも救われる人がいるとすればどんなに幸せだろうかと今の会社に入ってよかったと思います。

ワークライフバランスを意識しています

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仕事はそこそこ忙しいのですが土日や休めますし、申請すれば長期休暇も取れる環境ですので国内、海外旅行に行くのも好きですし、スキューバダイビング、SUP、サーフィンとマリンスポーツも好きです。

ワークライフバランスを意識はしていますが、平日は帰りが遅くなかなか難しいです。それでも、短い時間で旅行したり趣味を楽しみたい人に活用していただける情報を発信したいです。

資産運用をしています

つみたてNISA、確定拠出年金(iDeCo)は積み立てしていますが、メインは米国株ETFです。

高配当ETFからの配当でキャッシュフローを増やし、指標で連動するETF、投資信託を購入してキャピタルゲインも狙っていきます。

2020年8月現在、コロナショックで爆下げした銘柄もホールドしたまま、今後も長期投資的観点からずっと持っていられる成長が期待できる銘柄を当ブログでも紹介したり、メンタル的な部分も含めて書いていければと思います。

不動産投資についても、検討しており問い合わせを入れたりしていますが具体的な購入までつながっていません。

 

投資商品についてメインで取り扱っていきますので、今後資産を増やしたい!という人にとって参考になるような記事を書いていきます。

 

このブログを通じて、ちょっとしたキッカケがあれば人生が変わること、何か面白いことが見つけていただければという思いがあります。

長くなりましたが、最後までご覧いただきましてありがとうございました。

 

  • この記事を書いた人

中山ゆう

2019年よりサーフィン、プログラミングをはじめました。食は京王線の情報中心です。より良い記事をお届けできるようがんばります。

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