劇団よつば座

座長がいなけりゃ、演劇もしない。

中山ゆうってどんな人?詳細プロフィールです

1980年代生まれの30台前半、男です。

大学を卒業してから就職で東京に出てきてから10年になります。

元社会の底辺をさまよっていた、そんな自分のプロフィール読んでいただければと思います。

2年間のひきこもり生活

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高校を卒業してから、2年間自宅でひきこもり、完全ニートをしていました。

いじめられたとか、人間関係のトラブルは一切なく甘えです。

今こんなことやっている奴が身内にいたらぶん殴ってやるところですが、仕事はもちろん、勉強もせずにブラブラ散歩したり、あとは家ですね。

親、兄弟に甘やかされて、2年も実家を追い出されることもなく、ぬくぬく暮らしていました。

転機となった大学進学


ニートも2年を迎えようとしたところ、母親から「大学受験したら?」と言われる。

受験まで1ヶ月そこそこ、名前だけ書いて受かる大学に行こうかとも思いましたがそうすると就職先ないし・・・とニートのくせして、何を言っているんだお前はですが、当時は本気でそんなことを考えていましたね。

偏差値50くらいの文系私大、現代文と英語の2科目のみで受験できるところを調べました。1ヶ月しか時間がないので世界史をやる?無理無理状態で未だに手付かず、新品の山川出版社の世界史Bの教科書が実家にあると思います。

しかも、ネット速報で受験者数が見ることができる大学がありまして、経済学部の中で一番受験者数が少ない学科をギリギリまで見極めてから願書を提出しました。

なんとか検定3級を受けるぐらいの気持ちで受験した大学でしたが、無事合格しました。

併願で偏差値43くらいの大学も落ちたので、運のみで合格したのでしょうね。


こうして、ニート、ひきこもりから脱出することになりました。

工業高校での挫折

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さて、なぜひきこもったり、ニートになったのかさかのぼります。


職人に憧れていました。

体一つで何かを作り上げるそんな姿って自分にとってはかっこよく映ったんですよね。

自分も何かを作り上げて、その制作物で周りの人に喜んでもらえたらそんな幸せなことはないと、そんな思いで工業高校に入りました。


というのも、中学の成績は悪くなくて、100人入れば上位30番くらいには入るそこそこの進学校に行ける成績はあったのです。

それを蹴ってまで、ものづくりの世界に入りたい、今から勉強したいと思ったのです。


工業高校のカリキュラムは、すぐに職場で使える技術を教えてくれます。

機械だったら1年生から汎用旋盤やフライス盤で金属加工しますし、座学の成績よりも実習の内容やレポートが成績を大きく左右される世界でした。

そんな中で、自分はどんどん実習についていけなくなり、手先の不器用さも相まって、成績は下降していき欠点が4つもつく始末でした。

ここにもういたくないとまで思って学校をサボりはじめたのが、2年間のひきこもり生活にいたるキッカケになるなんて当時は気付きませんでした。

無味無風の大学生活


2年間の療養生活で、人付き合いもほとんどなく、ビクつきながら大学に入学しました。

2浪という元ニートに比べれば大したことはないですし負い目に感じてませんでしたが、はたしてぼっちにならずに生きていけるかとなると心配になりましたが杞憂に終わります。

入学説明会で席が後の人に思い切って話しかけてみると向こうは地方から出てきたばかりで不安だったという、当時はLINEもありませんでしたので、その日はメールアドレスを交換、初日で友人ができました。

この友人とは4年間、授業はもちろん、ゼミも同じでプライベートでは野球を見に連れて行ってくれたりと腐った精神から僕を現実に引き上げてくれました。

彼がいなかったら、大学を途中でやめていても不思議ではありませんし、運が良くても留年はしてたと思います。圧倒的感謝とはこのことです。


その一方で、それ以外に友人はできず、彼女なんてもってのほかでもない生活、傷つけられないけど何も生みださない4年でした。

就職活動で本領発揮


僕の頃は3年生の10月から合同説明会で、年明けから説明会やグループディスカッションや面接が始まって、早い会社だと2月や3月くらいに内々定を出すところもありました。


周りが真面目に就活をやる中、とにかくやる気が出なくて後からやろうと思い、卒論を書いたり、当時ハマっていたネットゲーをしていたらもう夏休みに入っていました。

世はリーマンショック後で内定率は最悪、もちろん、早くから就職活動をしていた友人は内々定を持っていて自分もニートに逆戻りするのか・・・なんて思いながら9月、夏の日差しも少しマシになってきた頃から就職活動をはじめました。


就職活動にハマりました。

イヤイヤはじめた就活でしたが、こっちの話を大人が真剣に聞いてくれて、しかも可能性のある若者扱いしてくれるのです。こんなひきこもりでろくすっぽ友達がいない自分がです。

元々、目立つことは嫌いでなかったし、雑談することは好きでしたし、なんなら話をうまく切り返したりしたい願望があったのですが工業高校の挫折と2年間の植物のような生活で消極的になり、そんな元来の性格がなりを潜め続けていたのだと思います。

就職率がよろしくない時期によくある圧迫面接もありましたが、メンタルを保ち、切り返して次の選考に進めたことが自分にとっては自信につながりました。

結果、1ヶ月そこそこで4社内定をもらったことが自分にとって大学進学に続く、2回目のブレイクスルーだったと思います。


グローバルで活躍したいと思って門を叩いた専門商社


内定をもらった中で一番面白い会社はどこだ?と思って決めたのが専門商社でした。


元々、ものづくりに関わりたいと思っていたのでいろんなメーカーの商材を扱ってメーカーさんや加工屋さんと付き合えると思ったのが入り口でした。

懇親会で同期の半分が海外留学していて、というのも秋採用自体が日本に帰国してきた日本人や留学生向けということでそのような人材が集まりやすいということでした。

いまだに、履歴書は手書きなのに当時ですら、同期はExcelで作った履歴書を提出して内定をもらっていましたし、そんなことから自由な雰囲気で仕事ができるんじゃないかと期待してその会社に入社することに決めました。

入社してみたら体育会系だった

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これがまさしく、想定の範囲外というやつです。

入社してわかったのが、ゴリゴリの体育会系商社ということでした。


新入社員は一発芸をさせられる、ガンガン酒を飲まされるそんなカルチャーに面食らいました。

加えて、僕が配属された部署は一番最悪のところで、上司が仕事はろくにしないのに飲み会を企画して部下を詰めるのは日常茶飯事でぶん殴られたり、蹴りを入れられることも少なくありませんでした。

ただ、その中でそのパワハラ上司が一番かわいがった部下は後にも先にも僕であると自信を持って言えます。

そのくらいうまく立ち回りましたが、諸般の事情で2年ほどで退社しました。あ、パワハラ上司が直接の原因ではありません。


僕が退職した後、1期下の後輩はうつ病になり、その後も配属された新人が1年も持たずにやめていく暗黒部署となっていたのですが、意外と上司の上司である部長や担当役員もパワハラは見えていなかったのか、見て見ぬふりをしていたのかわかりませんが表に出ることはありませんでした。

5年、新人が辞め続けたことで6年目の新人が経営層に実態を告発したことで、調査が入り、パワハラ上司はメインストリームの商材とはかけ離れた部署に役職はそのままですが部下もなく移動となりました。事実上の左遷というやつですね。

ものつくりに関わりたい思いで化学品専門商社に入社

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新卒で入った体育会系専門商社を辞めた理由ですが、大手取引先の倒産で売掛け金4億円とその会社向けの特注で作った製品も売掛け金と同額程度あって、会社が傾く音が僕のような一般社員にすら聞こえてきたからです。

そのせいもあって役職手当はカット、ボーナスもなくなりました。

パワハラ上司をうまく乗りこなしていたので居心地は悪くありませんでしたが、倫理観のない人材、悪い経営状況にこの会社ダメだと見切りをつけて転職するに至りました。

円滑なコミュニケーション、動じないメンタルが身についたのものパワハラ上司の荒療治にるものですが、どこでもやっていける自信がついたことには違いありません。


転職する際に自分の核はなんだろうと考えるとものづくりに戻ってくるのです。

残念ながら、僕はものつくりに向いていないので職人にはなるよりも、素材メーカーさんや加工屋さんともっと密に関わることができる会社という条件に今の会社に入りました。

新卒で入った会社は素材売りがほとんどでしたが、今の会社は素材プラスアルファで加工まですることも多くあり、ものづくりに関わっているのを感じられます。

もちろん、お金は大事です。

ただ、お金以外にもやりたいことができる、自分が関わることでちょっとでも救われる人がいるとすればどんなに幸せだろうかと今の会社に入ってよかったと思います。

ワークライフバランスを意識しています

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仕事はそこそこ忙しいのですが土日や休めますし、申請すれば長期休暇も取れる環境ですので国内、海外旅行に行くのも好きですし、スキューバダイビング、SUP、サーフィンとマリンスポーツも好きです。

ワークライフバランスを意識はしていますが、平日は終電帰りでなかなか難しいです。それでも、短い時間で旅行したり趣味を楽しみたい人に活用していただける情報を発信したいです。


このブログを通じて、ちょっとしたキッカケがあれば人生が変わること、何か面白いことが見つけていただければという思いがあります。

長くなりましたが、最後までご覧いただきましてありがとうございました。